2006年05月22日

書評:藤田嗣治「異邦人」の生涯(近藤史人著)講談社文庫

5月4日、東京近代美術館に行った。藤田嗣治の展覧会をやっていたからである。最近の国立の美術館は無料なので娘を連れて行った。だが、会館の入り口には、2往復合計100メートルほどの長い行列ができていた。このまま行列に並んでも、辛いだけだ。きっと中に入っても、ゆっくり鑑賞などできない。ましてや、成長したとはいえ、娘は160センチに満たない。私は早々と入館を諦め、売店に入った。そこで出会ったのが当該の本である。
展覧会は、平日に行くことにする。



小学校の頃から東京で開かれるほとんどの絵画展に足を運んでいた私にとって、藤田嗣治は謎の作家だった。後期印象派の華やかな時代にパリで活躍した唯一の日本人画家なのに、その絵に出合うことはほとんどない。その作風は独特の乳白色の肌の表現だというものだから、これは印刷では鑑賞することができない。だから、ずうっと本物を見てみたいと思っていた。そして、画集などでも、なかなか藤田の絵にはお目にかからない。そのことを漠然と不思議に感じていたのだが、この本を読んで、そうだったのか。と納得した。



この本は、藤田嗣治( Leonard Foujita )が受けた日本美術界からのバッシングをドキュメントしたものである。
エコールド・パリの時代にパリで注目され、サロンドドートンヌに入選し、レジオンドヌール勲章を得ても、日本では正当に評価されず、その振る舞いから、「宣伝屋」のレッテルを貼られた。
戦争末期、日本に帰り、戦争画を書くと、他の多くの画家たちが戦争画を書いたり、戦争に協力したにも関わらず、藤田だけが責任を追及された終戦戦後。そして、日本を離れた後も、ニューヨークでは日系人たちから非難を受け、舞い戻ったパリにおいても、日本から「フジタの絵は荒れた」との批判が噂として流されていることを知る。

フジタの父親は、森鴎外の次に陸軍軍医のトップに上り詰めた高官だったという。姻戚には小山内薫がいるし、医師や政府高官などが親戚に沢山いるセレブな環境で、彼は育った。学歴も、東京高等師範付属中学から東京美術学校と申し分のないものだから、彼の人間関係や社会的な立場というものが、おおよそ理解できると思う。
無名な私としては、その彼にして何故バッシングを受けたか。そのことが気になる。

私が最初に行き着いたのは答えは、日本人社会の悪弊である嫉妬だ。
無名人たちがパリでのフジタの名声に嫉妬しバッシングした。そして、その無名人たちの思惑の裏には、時の美術界の重鎮・黒田清輝へのゴマすりという意味もあったかもしれぬ。そう思ったとき、いまのネット上でのバッシングに思いをはせた。
もし、フジタの時代にインターネットがあったなら、誤解を解くためにフジタ自らが反論し、何らかの議論が交わされ、フジタの悲劇は起きなかったのではないか。インターネットなら画も載せることができる。

日本の美術界の批判のほとんどは、フジタの絵を見ないで展開された。それは、戦争画については典型的だ。終戦直後も、そして今も、戦争画の展示を巡っては、戦争を讃美しているのではないかとの批判が避けられない。だから、フジタの戦争画を見ることが難しい。多くの人が見ていない戦争画を批判する人は、山本夏彦氏が「平和のときの平和論」というように軽薄な輩だろう。
山本夏彦氏は、与謝野晶子は反戦歌として、「君死にたもうことなかれ」を書いたのではない。と断じている。与謝野家は堺の商家である。武家ではないのだから、戦争で命を落とすことはない。と歌っただけだ。
同様に考えれば、陸軍軍人の武家に生まれたフジタにとって、讃美するもしないも、戦争はもっと身近にあったと思われる。そして、フジタ本人も述べているように、横山大観は富士山の画や桜の画を描いて日本という国家の存続を願ったのと同じように、フジタはまったく同じ思いで、戦争画を描いただけのことである。そして、フジタが描いた戦争画を宗教画のように祈りをささげる人たちに感動したという。その作品は戦争を讃美されたものではなく、戦争で失われた魂たちに祈りをささげる作品であったことは言うまでもない。
そのようなエピソードも、フジタの心の底に仕舞われただけで、生前、けっして表に出ることはなかった。

私は、あれほどのバッシングを受けても、そんな宝石のような思い出を語らぬフジタをすばらしいと思うし、そこに彼の出自の高貴さを見る。だが、いろいろと本を読みすすめていると、はたとあることに気づく。私にそれを気づかせたのは、梅田氏の「ウェブ進化論」で、書かれなかったことほど、本質的であり重要だ。という子飼段氏の指摘だ。

それを明かせばすべての誤解が解ける説明を、何故フジタはしなかったのか…。
その理由は明らかだ。2006年の今と、百年以上前の社会風潮の違いを考えればいい。ましてや、父親は陸軍の高官だ。

書かれなかったことの重要さに気づくと、すべてに納得がいく。

人間は、自分のアイデンティティーを揺るがすようなことを指摘されないのならば、それ以外の物事については、我慢することができる。
後ろめたいことを持っていると、他人の悪口もやりすごすことができる。もちろん、それは自分が感じているうしろめたいこと以外についての悪口であれば…。である。

フジタは、ホモセクシュアルだった。それが私の結論である。

勿論、彼は子どもはいないが、何度も結婚もしている。だから、ホモセクシュアルではなく、バイセクシュアルものかもしれぬ。
おすぎとピーコほどのゲイではないかもしれぬが、2度の結婚をし、子どもをもうけ、恋人たち(男性)に見取られて逝った君島一郎ほどのホモセクシュアルではあったのだろう。

でなければ、陸軍総監の父が、息子に画家などという漂泊・放蕩の人生を、あっさり許すはずがない。イギリスの統計によれば、男性の3パーセントがホモセクシュアルだという。軍隊の精神的な健康も仕事にしていた父が、その分野に無知だったはずはない。きっと父は、息子の懊悩を知り、画家という異形の道を許したのではあるまいか。
そう考えると、フジタが派手(ゲイ)な格好をはずかしげもなくしていたことも理解できる。退廃したパリ時代、他の画家たちがモデルたちと交わったのに対して、フジタがそれをしなっかった理由も理解できる。
キキとは親友であって、セックスはしていないと、フジタは言う。世間はそれを苦しい言い訳ととるが、フジタがホモセクシュアルだと考えれば、キキとフジタの友情は簡単に理解できる。
フジタは友人たちのために料理をし、ドレスも作る。そういう日常は、フジタのホモセクシュアルな性向の表れだ。
年老いた父に対するフジタの撞着は、私に、母を語る淀川長治氏の姿を思い出させた。

作者の近藤史人氏は、日本に棄てられたフジタが、日本を棄てたのが、フジタの洗礼・フランスへの帰化だと述べいてる。
確かに、それは間違ってはいない。
だが、その解釈では、帰化後も日本人的な生活をつづけ、日本人を歓待したフジタを、理解できない。

私がそこに読み取らなければならないのは、「どんな罵詈雑言を吐こうとも、ぎりぎりのところで自分のことをホモセクシュアルと暴露しなかった日本社会の自分への優しさ」にフジタ自身が心の底で感謝していたということである。
彼が誤解をつづける日本に対して、反論しなかったのは、その感謝の表れに他ならない。

筆者の近藤氏は、そのことに気づいているのかどうか分からないが、ステークホルダーとなった近藤氏にそのことを書くことはできない。私はステークホルダーではないからそのことを書く。
そして、ホモセクシュアルな感性が日本社会で認められている今だからこそ、フジタがホモセクシュアル的な性向を持っていたことを指摘したい。
勿論、そう指摘するのは、私が自分のヘテロセクシュアルに劣等感を持っているからである。


追記:

この文章を書き上げた後、もう一度、最後の文章がどう書かれているかが気になって改めて確かめてみた。すると、次のように書いてある。

それは、アトリエにあった藤田の膨大な遺品をまとめて保管する古びた倉庫に埋もれていた。(中略)その人形は体長三十センチほどの大きさで、素朴な童女の顔立ちをしていた。(中略)その日本人形の胸には、フランス政府から授与されたレジオン・ドヌール勲章がしっかりと縫い付けられていた。

近藤氏は、最後のパラグラフの冒頭に、「フジタの生涯を書き終えようとしている今も心に引っかかっているのは、(中略)何とも解釈のしがたい藤田の遺品に出会ったことである」と書いている。

大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞するような名作である。聡明な作者が、不可解なエピソードをとりあげてエンドマークにつなげるとは思えない。
そして、作者はテレビディレクターであるから、かつてオーソン・ウェルズは、主人公が幼い日に遊んだソリを使って、主人公の行動の本質を表現しようとしたことも憶えているだろう。
近藤氏が、この作品で表現しようとしたものも、おかっぱ頭の童女の人形をつかってフジタの行動の本質を表現したに違いない。そして、それはあまりに分かりやすい直喩だ。

凡百の私は、次のようにあけすけに表現する。

日本人の少女人形はフジタ自身である。直喩が過ぎるので、作者はその人形がおかっぱ頭であることを明かしていない。
女性の心を持ったフジタは、そのことを妻は勿論周囲にも一切明かさなかった。それを知っていたのは、おそらく森鴎外の後輩だった彼の父親だけだったろう。
そういう辛さを、フジタは少女人形に彼の人生最大の勲章をつけさせることで、癒していた。それは、日の丸に蛙の画を描いて、出征兵士の無事の帰還をひそかに祈ったのと同様な行為である。


私は、この本の他の書評も読んでいないし、他のフジタ研究も知らない。だから、私の指摘が既に出ている凡庸な批評だとしても許して欲しい。

私の指摘で鬼籍にあるフジタ氏とともに近藤氏の肩の荷も落ちることを願ってやまない。


posted by sponta at 07:58| Comment(0) | TrackBack(538) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月18日

ジョン・ケージの意図したものは音楽室では再現できない。

MIXI上で、音楽講師歴2年の人が、「はじめての授業でやっていること」について質問をしていた。

その質問に対して、ベテラン教師と思われる人が、ジョン・ケージの「4分33秒」という曲を演奏したらと書き込んだ。

私は、世の中に多様な意見があり、自分と違った意見、自分には間違っていると思う意見があることは許容できる。(許容するようにつとめている。怒りを抑える努力をしている)
だが、誠実・切実になされた質問に対して、明らかに誤りであるとともに、その発言に回答者の誠実さを感じないものは、許せない。だから、大人気ないことを承知でコメントする。

ジョン・ケージ「4分33秒」というのは、全部が休符であり、まったく音がない曲のことである。
パートは記されているので、舞台上に演奏者はいる。だが、音はない。ある意味、音がなくても演奏者は成立するかという反語でもある。もちろん、伝えるものが演奏者にあれば音がなくても音楽は成立する。そういう演奏者を試すための楽曲でもある。観客にとっても、休符から何を読み取るか。それが試される。
山口百恵の「ばかにしないでよ」の前のグランドパウゼ(全パートが休符)の意味なら分かりやすいが、ジョン・ケージの場合はちと難しいだろう。
そして一番問題なところは、初演当時はともかくも、ジョン・ケージによって巧まれた演奏者と観客の構図はもはやネタバレを起こしてしまって、空虚化している。
オリエンタルラジオの古いネタ同様、ラップのリズムで体をゆすることはできても、笑うことはできない。その種のものだ。

以下は、大人気ない、私の書きこみの採録です。(反論は少なめにしています。…(^^;))


当該のジョン・ケージの曲は、演奏会という形式に対して疑問を投げかけたものであって、音楽の教室で成立する曲ではありません。

絵画でいえば、額縁があればこそ、何もかかないということが作品として成立するわけで、額縁もないのに、何も描かれていないキャンパスがあったとしても、それはキャンバスであるだけです。

問題は、教室という空間をいかに音楽空間にすべきかということです。



ベルリンフィルのサイモン・ラトルは、サッカーの授業ではボールを蹴る。美術の授業でも絵を描く。なのに、なんで音楽の授業は聴いているだけなんだ。と、語っています。

誰にでもできるリズムについて、まず体を動かしてみるのはどうでょうか。
テンポルバートのクラシック音楽と、ビートのポピュラー音楽の違い。そういうものを子どもたちに知ってもらうのもいいと思います。
私は、児童館でバンド活動をしていますが、その活動はそのことを絶えず訴えることだけでした。
気持ちがいいからちょっと速くなる。静かな気持ちだから、ゆっくり演奏する。そういうのはビートの音楽では成立しません。何故オーケストラには指揮者がいて、バンドには指揮者がいないのか。その意味を誰も教えないのが不思議です。

いまの教科書はクラッシックとポピュラーが混在している。なのに、その音楽の根本的な違いについて、語られていない。そもそもビートという概念さえない。
それが歪だということを現場の人間は教えるべきだと感じています。


posted by sponta at 09:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月01日

女優誕生:長澤まさみ

長澤まさみに知性を感じないと書いた。だが、早くも前言撤回である。

彼女が出演した映画「タッチ」がDVDがリリースされるので、テレビでコメントしていた。
長澤氏曰く「南ちゃんはズルイ女」。番組には、シャランキュウの「ずるい女」が流れていた。漫画「タッチ」では、幼馴染みの二人との愛に悩むケナゲな女の子として、南ちゃんが描かれていたと思う。そして、克也が死んだ後も、身近な人の突然の死を乗り越えようと必至にもがく素直な姿が描かれていた。

だが、長澤まさみに指摘されて、はたと思った。いや、正確に言うならば、映画公開時は見過ごしていた、「ずるい女」というメッセージが、実は彼女自身に向けられていたことだ。
東宝のオーディションで、ジャズダンスが得意とアンケートシートに書いておきながら、踊らない。そういう自らのずるさを、テレビ番組の中で告発していたのだ。

ターミナルケアのエリザベス・キューブラロス女史は、死の段階受容説というのを展開している。死の宣告というぎりぎりの場において、人間の心は、「驚愕→怒り→悲しみ→取引→受容」と動いていくと分析している。

長澤氏の断じる南ちゃんのズルサとは、
表面的にはカッちゃんのことを好きだといいながらも、その裏で、タッちゃんのことを愛している。そして、タッちゃんのとこを愛しているのに、結婚するのは、甲子園に連れてってくれるカッちゃんのように思っていて、それまでの青春を楽しんでいるかのよう。そういう気ままさに振り回されるのがカッちゃんだ。
そんな南ちゃんが、心の中で裏切っているカッちゃんの死に遭遇したならば、自分の心の中の裏切りの気持ちが、神様に罪としてとがめられ、交通事故という罰を加えられたと思うに違いない。南ちゃんの心が、キューブラロスの言うところの「取引」からくる自らの罪の意識という段階を経由していないなら、南ちゃんというキャラクターは究極の悪女ということになる。
三人の恋愛模様が「タッチ」のテーマであり、その中で南ちゃんの心理が大きな役目を果たすならば、原罪に悩む彼女が描かれていないのは、作品の大きな疵である。

その疵を長澤まさみは気づいていて、そのことをインタビューで披露する。もちろん、映画を観ていないので、それが監督や制作者側のメッセージなのかどうかは分からない。だが、そのことを映画とは関係のない自分をヒーローにすえた番組でも披露するとなると、長澤氏が素直を飛び越えて、傑物であることが確かめられる。

女優誕生である。彼女に拍手を送りたい。



posted by sponta at 09:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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