2005年03月25日

通信簿のつうしんぼ。

昨日(3/24)は、公立小学校の終業式。小4の娘は「あゆみ」(通信簿)を持って帰ってきた。私は、通信簿のつうしんぼをつけてみる。

各教科について、3段階評価である。項目は「よくできる」「できる」「もうすこし」となっている。
相対評価だから、「よくできる」はいい。だが、普通であるはずの評価が「できる」は間違い。「もうすこし」というのも意味がわからない。「もうすこし」どうしたいのだ。

各教科は、評価の観点に分かれていて、それぞれに評価がつく。国語の評価の観点は次の5つ。
・国語に関心をもち、進んで取り組むことができる。
・相手や目的に応じ、筋道を立てて話したり、話の中心に気をつけて聞いたりすることができる。
・相手や目的に応じ、調べたことなどが伝わるように、段落を工夫して文章を書くことができる。
・段落相互の関係や文章の中心をとらえて読むことができる。
・言葉や文字を理解し、正しく読んだり書いたりすることができる。
…5つの観点がすぐに飲み込めただろうか。
私が要約するに、「やる気」「話す力」「書く力」「読む力」
「言葉の意味、漢字」の5つ。
人にわかりやすく書く。これが国語力の基本である。
通信簿をもらった家庭の会話を想像してみればいい。
「○○ちゃん。『国語に関心をもち、進んで取り組むことができる』が『もうすこし』ですよ」
「でも、ママ。わたしは学校で『国語に関心をもち、進んで取り組むことができる』ようにしたのもよ。これは先生が私のことを『国語に関心をもち、進んで取り組むことができる』いるのを見落としたのよ」
「そうかしら、『国語に関心をもち、進んで取り組むことができる』ってことは…」
まるで、落語のジュゲムである。

いたずらに文章を綴ることは人にやさしくない。理解力の乏しい人でも理解してもらえる文章。
それを書くべきである。この通信簿がこどもたちの保護者たちに向けられて書かれているとは、とうてい思えない。



娘は4歳から音楽教室に通い、エレクトーンやドラマーとしていくつのステージに立っているから、そういう経験のないクラスメートと比べると音楽に親しんでいる。それでも、彼女の「音楽の構成要素を感じ取り表現している」はできる(普通)だった。

娘の評点はともかく、音楽の授業で音楽の構成要素について教えているのか。そのことの疑問を呈したい。音楽好きの私が考える音楽の構成要素とは、リズム・メロディー・ハーモニーである。
授業参観のときに音楽の授業を見たことがあるが、こどもたちが体でビート(カウント)をとりながら歌を歌うところを見たことがない。ビートとはリズムが乗っかる土台のようなもので、ビートがないとシンコペーションも歯切れがわるくなる。ビートという概念は学校では教わらない。
ハーモニーはポピュラー音楽でいうところのコード。コードはベース音によって決定づけられる。しかし、ヘ音記号が登場しない教科書を使っているこどもたちにハーモニーの意味を知る術はない。
楽曲は目新しくなっても、いまだにメロディー一辺倒の教育がなされている。
それでいて、通信簿には音楽の構成要素という評価の観点がある。(もし、小4で習うべき音楽の構成要素が音の高さと長さだとしたら、それこそ嘆かわしい…。)


図画工作の評価の観点でも驚いた。
評価の観点の第一に「学習の準備や後片付けができ、表現することに意欲をもつことができる」とある。
準備や後片付けができることで図画工作の評価を決める…。

私は美術ファンでもあるが、アトリエがぐちゃぐちゃな巨匠たちを知っている。表現に熱中するということはそういうことで、準備と後片付けが一番大事ですよ。などと通信簿の評価の観点に加えるのは、学校が個人の個性を伸ばすためにあるのではなく、良好な教室運営のしもべとして個性をとらえていることの証明でもある。

こういう問題が外に出てこないのはなぜか。私はマスコミを含めて教育関係者たちが子育ての現場から遠いところで仕事をしているからだと思う。この私にしたって、あと2年しか小学校教育に接する時間はない。
これからも、音楽の授業がつまらないと文句をいい、自分の思いを作品に託すことさえ教えられない図工の授業に疑問を感じる娘の言葉を記事にしていくつもりだ。


posted by sponta at 07:22| Comment(6) | TrackBack(2) | 小学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月24日

「ゆとり教育」の弊害は、勉強する自由において機会均等でないこと。

「ゆとり教育」が起こした問題は、簡単なことしか書いていない教科書で勉強した子と、公文や進学塾で勉強した子たちの格差がひろがったということなんです。



ジャズ歌手の鈴木重子さんは、私は学校の勉強だけしっかりやったので東京大学に入れました。と、語っています。そういうことはありえないということなんです。

菊川怜のように進学塾を科目ごとにかけもちするような、親の経済力に恵まれているこどもたちしか、学歴勝者になれないということ。



弊害は学力低下だという人しかいませんが、それが問題なのではありません。日本中の全国民が等しく学力低下しているのならみんなでがんばれはいいからまったく問題がないのです。

posted by sponta at 08:36| Comment(0) | TrackBack(1) | 小学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月23日

小学校の担任の先生が子供を鑑別をする現場ってどうなんだろう。

質問サイトで、特殊学級へいくことを進められている小5の男の子の相談に、現役の先生と思われる方の回答がのりました。
回答の内容は、年一回の就学指導委員会が開かれ、問題があると思う児童について会議される。その内容は多岐にわたり、その委員会の合意を持って保護者への説明がなされるので、納得して欲しいという趣旨だった。ひとことでいえば、「突然出た話じゃないから驚いたり、怒ったりしないでね」ってことでしょうか。

怒ったのは部外者の私の方。そこで以下のような回答を書いた。

但し書き:
私の思想の底には、ノーマライゼーションがある。だから、健常者の人生も障害者の人生も等価である。それは幸福の量もかわらないし、どちらも努力しなければならないという意味。でも、健常者としての人生が歩めるのだとしたらそれにこしたことはない。

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サイトでの私の回答:
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このサイトは反論禁止なのは知っているのですが、No.15の方が紹介していることに怒りを感じました。

教員にとって、普通の小学校にいる子も特殊学校にいる子も同じ子。ノーマライゼーションの考え方からいえばそうでしょう。

でも、自分の受け持つクラスに、これから普通の小学校から特殊学校・特殊学級に行く子がいたとしたらどうでしょうか。

私が先生だったら、そうならないために全力をつくします。職員会議などで、自分のクラスの子がそういう候補になっていたとしたら、特殊学級に行かないですむように全力を傾けると思います。
そういう努力をしもしないで、この子はこういう子だから、特殊学級がふさわしいなどというふうに鑑別する側にいる。
わたしには、こどもと日常を接している教員がそういう感覚でいるとしたら冷血の謗りをまぬがれないと思います。

毎年、そういう候補にあがっていたとするならば、なぜ、その時点で親と子を含めてコミュニケーションをとり、事態の改善を図ろうと努力をしなかったのでしょうか。

すべては担任のその子に対する裁量によって提議されるということですが、その子を指導できなかったのはその担任なわけです。
ひとりの子の将来を台無しにしかねない特殊学級行きという事態に対して、その担任は涙したのでしょうか。
わたしの指導力が足りないばっかりに、お子さんを特殊学級に行かせるようなことにしてしまったと懺悔したのでしょうか。
履歴書にのるかどうかは知りませんが、彼の就職や結婚に少なからず今回のことが影響することは誰にもわかることです。



「ごくせん」を見習うべき。
担任の先生とは、こどもとともにあるものであって、こどもを鑑別するためにいるのではない。

上部組織のつくったマニュアルどおりにやっていればいい。上部組織のつくったマニュアルが正しいのだから、自分たちは何も考えなくていい。

そういう雰囲気が、いまの職員室には横溢しているのでしょうか。



最後に重ねて批判しますが、問題は少年のことです。少年の将来にとって、大人たちが責任をとれるのかということです。
なのに、教員は保護者の怒りをおさめることばかり気にしている。
問題はそんなことではない。その少年に対して誠実であるか。そのことです。

いまは、ことの本質がわかっていないけれど、高校生ぐらいになったときに、あのときの大人たちがどういう会議をしたのかということがわかってくるはずです。

両親にたいしては恩讐があるから殺すのは難しい。
だから・・・。



私は、彼が寝屋川の17歳の少年のようなことをしでかしたとしても、私はまったく驚きません。

少年の心や悩みに触れようともせず、教育委員会のつくったマニュアルどうりにしたがって行動し、ひとりの人間の人生を台無しにした。

わたしは寝屋川の犯人の気持ちが泣きたいほどわかります。・・・マスコミの方がたはまったくわからないと言っていますが。

posted by sponta at 09:19| Comment(8) | TrackBack(0) | 小学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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