2006年06月27日

06_27〔市民記者が書く記事はトリガーである〕


 市民記者の書く記事はトリガー。引き鉄である。
 さまざまなところで、ライブドアのパブリックジャーナリズムの批判が渦巻いている。長野県知事の田中康夫氏は編集者のスキルが上がればすこしはましになると書いている。また、ほとんどのマスコミ人たちは、記事の品質が低いので、まだまだ評価に値しないと断定している。
 だが、市民記者が書く記事はトリガーなのである。
 雪印を告発した西宮冷蔵の社長は、雪印の企業腐敗を暴露していくトリガーの役目をはたしたのであって、彼の市民ジャーナリズムが企業腐敗を糾弾し、それが成就して、雪印という大企業グループが瓦解したのではない。トリガー。たんなるピストルの引き金の役割を果たしたに過ぎない。
 トリガーなのにも関わらず、マスコミは、西宮の社長が雪印に反旗を翻したように報道したし、社長もそのように怒りを露にしたからから、大阪の商人道にもとるということで、社長は人生を台無しにされた。
 市民記者の記事はトリガーなのに、である。そのことを心得ないで、旧来の文章の作法に合致しないと糾弾する行為は、自らをアンシャンレジームの一員であるそしりをまぬかれないだろう。
 いっそのこと、そのことを明確にあらわすしめすために2ちゃんねるのような文体を成立させるしかないのだろうか。 奇異な文体になるかもしれないが、新しい文体の存在意義はある。国際社会の共通語として英語の役割が増加し、英語を母国語としない人たちのために、文法を簡略化した新しい英語の必要性が指摘されている。市民参加型ジャーナリズムにも、同じようなことが必要なのかもしれない。

posted by sponta at 12:09| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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