2006年06月27日

06_25〔市民記者は、巨悪から取り組むことはできない〕


 ロッキード事件などを通じて、東京地検の凄腕検事だった堀田力氏は、「まず、巨悪から手をつける」と述懐していたのを覚えている。
 世の中に不正や腐敗は数知れずあるから、何をあつかってもいいのかもしれない。だが、東京地検というパブリックな立場では、易きところから手をつけるのでは、悪事をはたらいている側からいえば不公平になる。そこで、より大きな不正や腐敗から手をつけることによって、公平さを保とうということだ。
 一方、市民記者は生活者でしかないから、世の中の巨悪から手をつけるなどということは不可能。だから、自分の身近な出来事で、自分の手に追える範囲の内容を扱うことしかできないくても、仕方のないこと。
 逆に言えば、自分の専門外のことは扱わない勇気を持つことが大事だ。イノセントなどといえば体裁はつくのかもしれぬが、自分の専門外に首をつっこみ、取材対象の意見を鵜呑みにし、結果として読者を惑わしてしまう可能性もある。
 もっとも、市民記者がイノセントで読者を惑わしてしまう場合は仕方がない。だが、市民記者媒体がイノセントという訳にはいかぬ。だから、誤った時点で、訂正や謝罪を行うのが適切な処置だし、そういうことを通じて、市民記者媒体の信頼性・誠実性が築かれていくに違いない。

posted by sponta at 12:06| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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