2006年06月29日

07_01〔情報格差がマーチャントを成立させる〕


07_市民参加型ジャーナリズムを成立させるもの

07_01〔情報格差がマーチャントを成立させる〕

 私の父方の祖先を3代遡ると、北陸の北前貿易の船主にたどり着く。北前貿易とは、北海道や東北地方と上方地方を中心に行われた商品流通のことである。その貿易の繁栄期は江戸後期から明治中期にかけただといわれている。これは憶測でしかないが、私の遠い祖先は、四国の水軍の一派だったが、何らかの事情で瀬戸内海から、北陸の地に本拠地を移したのだろう。そして、太平の世の江戸時代にあっても、船乗りの血は騒ぎ、市民文化が勃興した江戸時代後期に、大きな商いを求めて北前貿易に取り組んだに違いない。
 さて、北前貿易で巨万の富を得た我がご先祖のビジネスモデルはどういうことだったのだろうか。
 北海道で、昆布や干魚を安く仕入れる。そして、上方で高く売る。灘で酒を仕入れる。それを別の場所で高く売る。当時は、消費地の商人が生産地での仕入れ値を知ることはできなかったから、商才さえ長けていれば、一回の航海での利益は莫大だった。私のご先祖は生産地と消費地の情報格差を利用したビジネスだったといえる。
 ただし、「板一枚下は地獄」との言葉もあるように、船商いにはつねに難破の危険と隣りあわせ。そこで、北陸地方の船主たちが声を掛け合い相互扶助のための組織もつくりだしていた。
 だが、世の中が変化するのは、百年前も同じこと。明治になると、鉄道も整備されるから、船だけが輸送の手段ではなくなる。明治中期に下降線をたどる北前貿易だから、その原因は鉄道のせいと考える向きもあろうかと思うがそうではない。大量輸送の手段として今でも船便が利用されていることを見ると、それは決定的な理由ではない。
 問題は電報である。
 船が生産地を離れ消費地に着く前に、仕入れ価格も仕入れ量も消費地に知れ渡っていれば、商売は上がったりだ。消費地の商人や消費者が、生産地での価格を知れば、それまで、自分たちがいかに多額のお金を支払ってきたことが馬鹿らしくなる。その不満は、北前船の船主たちに向けられ、船主たちの利益はじりじりと減っていく。
 結果、貿易業だった船主たちは、単なる輸送業としての意味しか事実上もたなくなる。それでも、船主たちは難破のリスクが避けられないから、海運業そのものに魅力がなくなっていく。海運業は、総合商社の一部門としてしかビジネスとしてのうまみがなくなっていく。
 情報格差があることで、北前貿易はビジネスとして成立していたのだが、情報格差がなくなったとき、北前貿易はビジネスとしての成立しなくなったのだ。
 そこで、私のご先祖たちはどうしたか。明治29年、彼らは損害保険業を始めるのである。北陸の船主たちを発起人にして、海上保険の会社を設立することで、家業の存続を図ったのである。その会社は合従連衡を経て現在も存続している。これは、彼らに先見の明があったことを示しているといえよう。

 このエピソードは子孫である私にとって重要であるばかりでなく、インターネットを取り巻く今後を考える上でも重要な示唆を果たすと考えている。
 思えば、商業とは、個と個の間に何らかの格差がある場合に成立する営みだ。だが、商行為が継続して行われていくと、次第にその格差は減少していき、商いとしてのメリットはなくなる。
 その一方で、商人は商行為のためにインフラや人材を整備してきた訳だから、商いが利益を生み出さなくなると、損益だけが残る。
 だが、そこで怯んではいけない。機転の利いた我がご祖先は、北前貿易の船主という貿易におけるハードなインフラの提供者であったが、情報格差がなくなったとき、保険というソフトなインフラの提供者として存続を図ったのである。

 先に紹介したように、国立情報学研究所の曽根原教授は、インターネットビジネスを成立させる要件として、「消費の競合性」と「所有の排他性」をあげている。
 また、インターネットに限らず、情報コンテンツ産業一般に、情報のコモディティー(日用品)化もすすんでいる。
 1年前に1500円で劇場公開映画だったものが、半年後にはレンタルビデオ店で400円を出せば借りて見ることができる。劇場公開から1年も経てば、地上波のテレビで無料で見ることができる。ただ、ここで見失っていけないのは、そのことで映画業界が苦しんでいない。逆にユーザーを増やすことで潤っているということだ。
 コモディティー化を懸念するのは、旧来のビジネスモデルに昔のままの夢を見ている人たちであって、利益がでているかどうかは分からないが、とりあえずは仕事が回っている。そして、何よりもユーザーはハッピーなのだ。
 つまり、情報格差 が拡散するスパンが限りなく小さくなっているのが21世紀の日本であり、そこでビジネスを成立させるのは難しいともいえるが、我がご先祖が切り開いたような道はあるし、そういう存在を生み出すことが、広く社会のメリットでもあると考えるのです。

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2006年06月27日

06_28〔市民記者はジャンヌ・ダルク。彼女を火あぶりにしてはいけない。〕


 コンテンツではない、トリガー。
 既存のマスコミ人は、コンテンツとして評価に値しないなどとしたり顔でいるべきではなく、すくなくともトリガーであることを評価をすべきなのだ。そして、市民記者の側は、トリガーをコンテンツに昇華させるべき努力をすればいいのである。

 市民記者運動とは、ビクトル・ユーゴーを見つける作業ではなく、ジャンヌ・ダルクを見つける作業なのです。
 そして、西宮冷蔵の社長が人生を台無しにしたように、無名の市民が、ジャンヌ・ダルクのような火あぶりの刑に処せられるのならば、誰も市民記者活動などやろうとしないに決まっている。
 市民が記事を書くことが健全な民主主義にとって必要だとするならば、オルレアンの少女が自由の戦士になったような、そんなシステムをつくってあげればいいだけのことなのです。
 そして、本物の市民は、ジャンヌのような名声を求めていない。否、名声を求めぬということによってのみ、その市民の本質を推し量ることができるのだ。

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06_27〔市民記者が書く記事はトリガーである〕


 市民記者の書く記事はトリガー。引き鉄である。
 さまざまなところで、ライブドアのパブリックジャーナリズムの批判が渦巻いている。長野県知事の田中康夫氏は編集者のスキルが上がればすこしはましになると書いている。また、ほとんどのマスコミ人たちは、記事の品質が低いので、まだまだ評価に値しないと断定している。
 だが、市民記者が書く記事はトリガーなのである。
 雪印を告発した西宮冷蔵の社長は、雪印の企業腐敗を暴露していくトリガーの役目をはたしたのであって、彼の市民ジャーナリズムが企業腐敗を糾弾し、それが成就して、雪印という大企業グループが瓦解したのではない。トリガー。たんなるピストルの引き金の役割を果たしたに過ぎない。
 トリガーなのにも関わらず、マスコミは、西宮の社長が雪印に反旗を翻したように報道したし、社長もそのように怒りを露にしたからから、大阪の商人道にもとるということで、社長は人生を台無しにされた。
 市民記者の記事はトリガーなのに、である。そのことを心得ないで、旧来の文章の作法に合致しないと糾弾する行為は、自らをアンシャンレジームの一員であるそしりをまぬかれないだろう。
 いっそのこと、そのことを明確にあらわすしめすために2ちゃんねるのような文体を成立させるしかないのだろうか。 奇異な文体になるかもしれないが、新しい文体の存在意義はある。国際社会の共通語として英語の役割が増加し、英語を母国語としない人たちのために、文法を簡略化した新しい英語の必要性が指摘されている。市民参加型ジャーナリズムにも、同じようなことが必要なのかもしれない。

posted by sponta at 12:09| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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