2006年05月31日

ジーコジャパンの背番号発表にみる、それぞれの思い。

サッカー選手の背番号は、1〜11がレギュラーで、それ以上は補欠。そういう感覚があるから、背番号の発表みて驚く人もいるかもしれぬ。だが、その番号の配慮の裏に、選手たちのプライドを傷つけないよう、最大限配慮したジーコはじめとするスタッフの思いが見て取れる。

典型的なのは、GK川口の背番号が、前回の1から23に変わったこと。フランス大会で正ゴールキーパーだった川口は日韓大会ではサブにまわった。だが、彼のプライドに配慮したのか、背番号は1だった。だが、今回は楢崎が1をつける。勿論、怪我もあった。彼の精神的な弱さも日韓大会で払拭できたはず。だが、川口との正ゴールキーパーとの戦いには敗れた。だが、彼のプライドを傷つけぬために背番号1とした。最年長の土肥は背番号12。彼に1をつけさせたとしたら、彼のプライドが傷つく。そんな配慮もあったのだろう。だから、土肥は12。サブの一番手のゴールキーパの背番号。そして、北ヨーロッパで臥薪嘗胆した時期を思い出す意味でも、川口は23番を背負う。

外人には、東洋人の顔は固体識別が難しいという。だから中盤の選手では、背番号を見ただけで、そのポジションが分かってしまうような背番号はさけている。もちろん、ヒデや俊輔にはそういう配慮は必要ない。だから、堂々と7番であり、10番だ。

笑ってしまうのは、遠藤の背番号が4であること。日本では4と9が死と苦という意味で嫌われる。そこで、当落線上であり、代表で選ばれただけで幸福という気持ちの遠藤に4を割り振った。
サッカーの場合、9は問題ない。9は昔釜本がつけていたように、センターフォワードの番号である。今回は、前回病気で出場できなかった高原がつける。堂々たるレギュラーの背番号だ。

因みに、キリスト教で嫌がられる番号の13は柳沢がつけている。だが、東洋の霊数では13はラッキーな番号である。そして、かの地ドイツではフランツ・ベッケンバウワーとときを同じくして活躍した、ゲルト・ミュラー氏が13番だった。爆撃王(ボンバー)といわれた彼と同じ背番号だから文句はない。因みに、ベッケンバウアーの代表的な背番号は5番。チームキャプテンの宮本と同じ背番号だ。

キングカズがつけてきた栄光の11番はサプライズの巻がつける。彼がスーパーサブとして後半に登場したときに、相手の動揺を誘う。そういう意図もみてとれる。

選手のプライドに対する配慮と、マリーシア(ずるがしこさ)。ワールドカップはもう始まっている。

03_13【市民記者の私は自らを語るべき】

とはいえ、市民記者が本来語るべきは、自らの市民としての生活である。他者を論じることは既存のメディアに任せておけばよい。
 その思いから生まれたのが次の記事である。小学校4年の三学期を終えた娘が持ってきた通信簿に関する、親としての素直な疑問を記事にしたためた。

通信簿のつうしんぼ 3/25
( http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1050378/detail )


 記事の論点はふたつだ。ひとつめは国語の評点の分かりにくさ。評点が分かりにくいと、対策を立てにくい。
 ああせい、こうせいといいたい父親としては、まったくもって不都合なのだ。
 そうひとつは芸術系の教科について。
 図工の評点の第一に、「学習の準備や後片付けができ、表現することに意欲をもつことができる」とあること。
 これなどは、授業の円滑な運営が、教員の主たる仕事であるという明確に表示だと思えてならないこと。
 それに協力したこどもだけが、高い評価をあたえる。これでは教育効果どころか、こどもどうしの人間関係にも悪影響を及ぼしかねないし、そもそも芸術教育とは無関係のことが主眼におかれているかと呆れるばかりと、指摘した。


 通信簿のつうしんぼと題したのは、こどもたちが評価の対象になっているならば、教える側の教員たちも評価の対象になってしかるべきだということ。同じ教室の空気を共有するものどうし、御互いが切磋琢磨してこそ、すばらしい教育が成立するということを伝えたかったのだ。
 
 そして、これは自分の生活を綴ったものではないが、以下の記事をあげた。

5年生から特殊学級を勧められていますが… 3/29
( http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1056782/detail )


 この記事は、「教えてgoo」の次の質問を題材に書いたもの。

質問:五年生から特別学級を勧められていますが・・・。( http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1229019 )

 小学校4年生のこどもを持つ父親が、新学期から息子を特別学級に行くようにすすめられた悩みを、教えてgooに相談していた。寄せられた回答の始めのほうのものは、教育関係の専門家や精神医療やカウンセラーなどの専門家に任せるべきであるという回答が続出していた。
 勿論、それは当然のことだろうし、それに従うのも親としてのつとめかもしれない。だが、親だからできることはもうひとつあると思えてならなかった。つまり、合理性などというものではなく、愛するものとして、自分の息子のためにジタバタする。端から見れば馬鹿げてみえることも、親としてどうどうと行う。それが親の情愛であると指摘したかったのです。
 専門家などというが、プロとは対象を他者(お客様)として扱うことである。そのようなものに、愛する家族の人生を託してしまっていいのか。
 私は、家庭内暴力の息子を撲殺した父親のことを思い出していた。彼も、その妻も東大卒だった。インテリの硬直した思考は、アマチュアである自分の考えよりも、専門家の意見を正しいと信じ、その言葉に盲目的に従ったのだろう。
 勿論、その過程は、自分の一番愛しい人間のうちの一人を殺すことに至ったのだから、それまでの筋道は平板ではないに決まっている。だが、父親としての最大の愛の表現が、殺すことだったというのは、悩み苦しんできた父親を思うと、あまりに残酷で、あまりに悲しい出来事と思えてならない。
 そして、そういうことを引き起こした専門家たちが反省したのかといえば、どうだろうか。
 勿論、その事件に直接関わった人たちは、自分の非力を恥じ、断腸の思いでいるかもしれない。だが、その同僚たちや、その仕事に携わる人たちにまで、そういう反省が広がっていったのかといえば、そんなことはないと思う。
 なぜなら、そういう事実があったことを多くの人は憶えていないし、そういう無責任な専門家たちの姿を私の日常においても散見するからだ。
 同じことを繰り返してはならない。私は、執拗に教えてgooに回答を繰り返した。そして、自らの問題を多くの人に共有することで、同じ悩みをもつ人たちの役に立とうと思う質問者の思いを痛切に感じて、ライブドアにも記事をアップしたのだ。


 既存のジャーナリストたちが自らの職業的規範やモラルの存在を鼓舞するけれども、それはあくまでも他者を論じる傲慢さの対価としてのもの。そして、そのスキルにしても、どれほどのものがあるのかといえばはなはだ疑問である。
 たとえ癌の専門医の知識だとしても、癌を宣告され、自らの死と向き合いながら必至に病気のことを調べた患者の知識にはそうそう勝てるものではない。というのが私の論理だ。


 記事がアップされたのが3月29日。その翌日が、忘れもしないバッシング発覚の3月30日である。

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2006年05月30日

03_12【マスコミごっこをする市民記者の私】


 批判や告発とは離れたところで市民記者活動をすれば、こんなに楽しいことはない。いま考えるとマスコミごっこといってもよいだろう。
 私のマスコミごっこの最初は、アパッチけんこと中本賢氏に取材したことだ。( http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1052577/detail )
 自嘲気味に語ってしまったが、当時の私にはある思いがあった。それは、市民記者活動でもここまでできるんだということを、同僚の市民記者たちに具体的に示したかったのである。
 取材交渉において、ライブドアニュースの肩書きをつかってはならない。取材に関して取材対象に謝礼を支払うことはタブー。そんな状況であっても、取材は可能でなのだ。
 インターネットによって、誰とでも出会うことが可能。それは社会的に知名度を持つ個人や団体ほど確かだ。
 私はビジネスの営業について、よく言うのだが、コネクションを駆使して出会ったとしても、その人は、その分野で日本でトップの人である可能性は低い。だが、インターネットで調べれば、その分野の日本のトップクラスの人と簡単に出会うことができる。価格コムがやってみせてくれたことは、きわめて汎用性が高いのだ。
 それを援用すれば、インターネットでなら一流の人と出会うことができる。たしかに一流の人を使うとギャランティーは高い。でも、一流の人は経済的には困っていないから、自らの意図を説明し納得してもらえたならば、ノーギャラでも協力が得られる。多くの人は社会的な立場で仕事をしているから、社会貢献をいつも心の中においている。だから、本人が社会貢献のひとつであると認めてくれるならば、協力はえられるのである。

 市民記者がその立場で単独取材は可能。そのことを実証して、市民記者たちに自らの可能性を示す。そのために、コネクションも何もない中本賢氏の所属プロダクションに、私はアポイントの電話をした。
 所属プロダクションは本人に連絡をとり、ラジオ・ニッポンでの生放送終了後に取材をすることになった。

PJインタビュー:中本賢 3/26〜/27
( http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1052577/detail )
 
 取材場所が決まったとき、私はうかつにもニッポン放送とラジオ・ニッポンを混同していた。ラジオ・ニッポンは、横浜関内にあるラジオ局で、フジテレビの親会社であるニッポン放送とは関係がない。彼がもしニッポン放送で番組を持っていて、その局舎内でインタビューができたらもっと衝撃的だったろう。
 謝礼金もノベルティーもない私は、この日のために拵えた自家製スモークチーズを手土産に横浜・関内に向かった。
 記事は6本書いたが、後半の2本は没になったので、個人ブログに載せることにした。
( http://blog.livedoor.jp/sponta0325/archives/2005-04.html#20050408 )

 我が家の数百メートル近くを多摩川が流れている。中本氏は、松竹映画「釣りばか日誌」のレギュラーメンバーとして知られる俳優である。
 彼は俳優以外の活動、ガサガサという河川の自然観察活動をテレビ朝日の「ニュースステーション」で紹介されたことでも知られている。私が住む地域の環境調査の団体のイベントが彼を招待していたのが直接の契機かもしれない。そのイベントに私は参加できなかったので面識はなかったが、彼の活動に興味を持っていたのだ。


posted by sponta at 09:26| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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