2006年03月31日

イチローのコミュニケーション論:日本人っていいなぁ。

「代表チームでは、3言っただけで、10わかってくれる。アメリカでは、15言ってもぜんぜんわかってくれない」WBC優勝後のイチローの言葉である。

この言葉に我々は、気づかなければならない。
バーバルなコミュニケーションなど、所詮、そんなレベルのものなのだ。…と。
海外に渡って数年経つから、イチローの英語力に問題がある訳ではない。そして、イチローがコミュニケーションする内容は、きっと野球に関すること。だから、相手をしたであろうメジャー・リーガーたちも、無関心・無理解な分野ではないはず。それでも尚、15言って、5わからないのだろう。

わたしはその理由は、バーバルなボキャブラリーではなく、集合知としてのボキャブラリーだろう。
たとえば、イチローの特異的なスイングにしたって、王貞治の一本足打法を知っていれば、理解しやすい。
柔道では「柔よく、剛を制す」ということわざもある。牛若丸と弁慶の五条大橋の戦いのことも思い出せる。
外野が油断したら、進塁を試みる。これは、日本シリーズで、巨人軍をあっと言わせた辻発彦氏の快走の記憶が蘇る。キーマンを消せば試合に勝てる。これは、松井をすべて四球にした尽誠学園や、日本シリーズの戦い方をみれば枚挙に暇がない。そういう集合知の蓄積が、理解につながっていくのだと思う。
そして、そういう集合知こそが、ベースボールではない。日本が生み出した「野球」なのだ。

教えてgooを見ていたら、WBC日本一を伝えてあげたい故人は誰ですか? というアンケートがあった。
私も、そういう感慨が強い。アンケートにあった答えは、
・沢村栄治
・パンチョ伊藤
・仰木彬
・三輪田スカウト
・三原脩
・日本観光をして帰ったセントルイスカージナルスの選手たち
・ベーブ・ルース
・ルー・ゲーリック
......etc.

私も同感である。アメリカ野球とパシフィックリーグを愛したパンチョ伊藤氏に何よりも伝えたい。

こういう民族の記憶、世代の記憶ともいうものが、次の時代を動かしていく。
私はそう思ってやまない。

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2006年03月30日

PSE法施行で崩れる遵法精神

「ステークホルダーたちによって、社会の意思決定がなされている」のが、日本に関わらずいまの社会構造の解決すべき問題である。と、書き続けている。今回も、中古家電のリサイクル業者と経済産業省の担当官が話し合って、訳の分からない解決をしたようだ。
これがオッケイならば、ホリエモンが何で小菅にいるのか、その意味がよく分かってくる。

わざと法律に抜け穴をつくっておいて、自分たちに不都合な危険分子だけを選択的に摘発することを可能にするような、決着である。これで法治国家といえるのだろうか。中国は人治国家といわれるが、日本は官僚治国家…? 
摘発する側に裁量権があり、その裁量権のあいまいさに摘発される側が無言の圧力を感じる。つまり、法律に合致しているかどうかよりも、社会を圧倒するだけのパワーを持っていないと、常にトカゲの尻尾きりの不安にさらされるということだ。

今回、坂本龍一氏は、堂々と役所に対して反対宣言ができた。
ということは、彼には脱税問題はないし、借金問題もない。勿論、訴訟案件もない。愛人問題もないし、家族も親族も安泰なのだろう。世の中にそういう人がなかなかいないだろう。やはり、世界の坂本龍一である。...www



PSEマークは何のために作ろうとしたのか。考えてみるとよい。
表向きは、PSEマークの有無によって消費動向を変えることで、より安全な電気製品を使って欲しいということ。だが、裏の意味は、それが新製品の販売促進につながるという電気製品メーカーの思惑。
究極の官民一体計画。だが、このマークで消費動向を変えようという思惑が古い。JISマークやJASマークが重要だった時代など、遥か昔に終わっている。
情報が行き届かない昔は、お役所や業界団体が規格や基準をつくって、自己規制をしなければ、消費者は騙され続けるしかなかった。だが、今は違う。
アネハ・ヒューザー事件を経た今。安いものの理由を探らない人は、ライブドアの株を買った人同様に、消費者被害の対象にはならないのだ。本気で情報を知ろうとすれば、情報は沢山ころがっている。

そういえば、先日、麻布十番のマーケットで、オリーブの大瓶が680円で売っていた。通常は2000円以上はするものだから、喜んで買って帰った。しかし…。である。
大好物のオリーブなのに、胸焼けがする。私は、村山首相を思いだした。だが、かみさん曰く、防腐剤か何かがはいっているのでしょう。と。
安いには理由がある。それを身をもって知ることになった私である。



ステークホルダーだけが社会の意思決定に関わることの不安に気づいているのは、私だけではない。司法制度の中に陪審員制度が導入されようとしているのも、同じムーブメントである。

「ステークホルダーたちによって、社会の意思決定がなされていいのか…?」
誰か、これを21世紀のキーワードにしてくれないだろうか。

イチローではないが、「やばいっすよ」と大声で叫びたい。とはいえ、無名の私が叫んだところで、出川哲郎のような嘆きにしかならないのだが。www...

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2006年03月29日

デビ夫人、叶姉妹、青田典子に思う、日本の格差社会。

テレビ朝日の番組、「検索ちゃん」での出来事だ。

青田典子氏は、バブル全盛の頃、金融関係のオヤジとの食事で、一千万円を積まれたが怖くて受け取れなかったという。
「あ〜ら、受け取られればよかったのに」と叶姉。曰く、「お車代よねえ…」。
同じく、マダム・デビは、「お名刺代わりよね」、と。
むむ、実務を伴わなくても、それぐらいは当然なのか…。
もとCCガールズの青田典子とて、バブル全盛の時代に結構いい思いをしたのだろうが、ケタが違うようだ。

日本は格差社会になりつつあるというが、ケタがもうひとつもふたつも違うようである。



この話を聞いて、デビ夫人や叶姉妹をうらやましいと思う人が、果たしてどれくらいいるだろうか。それぞれの金銭感覚があっていいし、青田典子のような庶民感覚が愛しい。

そういえば、上戸彩は母とグリーン車に載って、身分違いと反省したという。そういうのも微笑ましい。

平等は、進駐軍が日本に植えつけた思想であって、終戦直後は、ヘイラと読んだらしい。それから、60年しか経っていない。
日本人は分相応を気にする文化であって、平等を望むような社会ではない。そう思っている。

posted by sponta at 13:14| Comment(0) | TrackBack(374) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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