2005年03月30日

個人ブログを書き続ける意味。

通常、ブログというのは、自分の興味を限定してそのことについて書くというのが、通例だと思う。たしかに私の場合は、子育てや地域、芸術やメディアなどという興味の問題のカテゴリーもある。
しかし、私にとって一番重要であることは、自分が消費者であるということである。
地域においても、行政サービスの消費者という立場、学校においても、学校教育というサービスの消費者の立場。
消費者のプロであることが、私をささえるアイデンティティーである。
これを自嘲気味に言い換えると、素人ということになる−−−。



村上ファンドの村上さんは、声無き株主を声ある株主にしたいと言って、活動をしているそうだが、
私は、消費者の声を世間に登場させることを目標にブログを書き、ライブドアPJニュースに記事を書いている。

消費者が意見を言うというと、企業はクレーマーかと気色ばむ。しかし、それではいけない。私はさまざまな企業に提案をしてきたが、企業側の対応はすべてがクレーム処理。私が提案したことを建設的に取り入れて製品に生かしたという例はない。

私はこれから、消費者の立場で、企業に提案していこうと思う。
アクセス数が1000を越えるならば、一定の効果も期待できるのではないか…。



もちろんライブドアPJニュースにも記事を書く。こちらはアクセス数は万の単位。
とはいえ、ライブドアにかけないこともある。そこで、私はメディアを駆使しながら、消費者にとってのよりよき21世紀に尽力したい。

もちろん、すべてにおいて読者にとって魅力ある記事をめざします。よろしくお願いもうしあげます。

posted by sponta at 06:42| Comment(6) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月29日

5年生から特殊学級を勧められていますが…

ライブドアPJニュースで「インターネットを支える人たちは暖かい。だれもがそう思える時代に早くなって欲しいものだ」と堀江本(ゴマブックス)の書評を書いたら、その広告(日経新聞3/25)に、私の記事が引用されていた。

インターネットでは、すでに暖かいコミュニティーが芽生えている。私はその一例を「教えてgoo」に見る。
「教えてgoo」の小学校というカテゴリーで、「5年生から特殊学級を勧められていますが…」という質問が寄せられた。質問が投げかけられたのは2月20日。3月27日現在54件の回答があり、まだ続いている。

質問当初は、第三者的な回答が多かった。(教えてgooでは、回答者が寄せる情報の正誤はわからない。それを承知で質問者と回答者の間でやりとりがなされる。)
私は同い年の娘を持っているし、地域で障害児とも付き合い、他動症ぎみのこどもと活動しているから、人事とは感じられなかったので、私なりの回答をした。
質問者は父親、私も父親。そういう意見交換に母親としての回答も加わってくる。明日3者面談に行くけど、先生の言うことに素直に従っていいのか。親としてどうすべきか。
回答がすすんでいくと、問題児がクラスにいたために、毎日暴力を受けた女の子のお母さんからの回答が寄せられた。

質問者が投げやりなコメントを残した後、私のブログに「このまま質問者を放っておいちゃいけない」と無名氏のコメントもやってきた。回答はしないけれど、熱心にやりとりを読んでいる人が沢山いることが想像できる。

結局、質問者の男の子は特殊学級に行くことになった。
これで質問も閉じられるのだろうと思っていたが違っていた。
今、同じ障害を抱えるこどもを持つ親たちが、お互いの経験や状況を披露しながら、理知的に会話をしている。いまはシックハウスや電磁波の影響はないかという指摘…。

当事者同士が語り合う内容は重い。だから、私などが回答を寄せる場ではない。とても尊い場所…。

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SNSなど、秩序を保つために排他的なシステムを採用するコミュニティーサイトが増えている。しかし、それはインターネットのよい部分を打ち消すことにもなる。今回指摘した例のように、オープン性を保ちつつ善意が集まるサイトづくりも可能だと考える。

posted by sponta at 06:47| Comment(13) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

削除ルールの設置

基本的にコメント・TBなどは削除しないという方針でやってきましたが、書かれた内容によっては削除をする方針にしました。

参考にしたのは、神保哲生氏が書いた以下のルール

「コメントの中に明らかに公序良俗に反すると思われる記述や、誹謗中傷にあたる記述、個人のプライバシーを侵害する恐れのある記述があった場合は、神保自身、もしくはその依頼を受けた編集スタッフの判断で削除することがあります。ただし、これには個人や企業、政府を批判してはいけないという意味は一切ありません。公正な批判で議論をもりあげていただければ幸いです。」

神保氏はジャーナリストであり、私はドラマティスト。立場は違うが、読者のことを考える立場に違いはないと考えます。

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もっとも、私が削除対象とするのは、議論を触発しないコメントの類。

もちろん、その判断によって私の了見の狭さが露呈する。しかし、人間をどうみるか。世の中をどうみるかという根本的な部分で隔たっているのだとすると、数百行の文字のコミュニケーションでは埋めることはできないと考える。
ならば、削除するしかない。そういうことである。

…そんな感じなんです。ご理解いただけると、うれしいんですが。

posted by sponta at 06:16| Comment(0) | TrackBack(97) | サイト運営上のルール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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